目標を持つといふこと。
2006 / 11 / 29 ( Wed )
髪切ってきました。さっぱり。
いつも切ってもらっている美容師さんが来年独立して自分の店を持つそうな。
夢がひとつ叶って、早くも次の夢ができたみたいなことを言っていて、ちょっと羨ましくなった。
夢かぁ。
夢って必要なのかな。
生きていく上で、少なくとも目先の目標みたいなものは無いと鬱になるので必要だと思うんだけど、一定以上長いスパンで見るとなると微妙さねぇ。
自分の野心みたいなものを、「漠然と」っていう以上に明確に、具体的に持ってる人ってどれぐらいいるんだろうか。
そういうものを持つことは間違いなくプラスになることだと思うし、持ってる人はやっぱり強いんだけど、さしあたり無くて困るものかといえばそうでもない。でもそこがひとつ人間の「差」として後々出てくるところなんだろうな。他の要素もいろいろあるけども。
最近の遊び。
2006 / 11 / 28 ( Tue )
ICPCという、大学生向けの国際プログラミングコンテストが毎年あるのですが、最近、暇を見つけてはその過去問(?)をひたすら解いてました。
この辺とか
この辺とか。
数十分考えて解らないと発狂しそうになるぜ。うひひ。というのは大げさだけど、このスッキリしない感がどうにもなぁ。数学とか、解らない時はわりとすぐ答えを見ちゃう人なので、延々と考え続ける作業にはあんまし慣れてないのかも。慣れてる奴はマゾに違いない。でも解答が用意されてる問題なんて、現実にはそう無いですよねー。
思うに中高生や大学生がプログラミングを学んでも、教科書と現場のギャップというか、それなりに使えるようになるには段階的かつ大量のアウトプットの経験が必要なんですよね。そのあたりは英語と同じなんだけど。
でも実際に何かを作るにはネタが必要で、それを探すセンスが人によって全然違う気がする。んで、作りたい物がすぐ出てくる人はひたすら作って腕を磨けばいいのだけど、そうでない場合は、何かネタが提供される場に身を置くべきだ。それはサークルでもバイトでもオープンソースのプロジェクトでもいいんだけど、とにかくコード書きたい衝動を晴らす場としては、こういうコンテストとかも優秀だと思う。(学問的な意味で)問題の質が良いし。あとはモチベーションの問題か。
それにしても、俺がネトゲとかやってる間にマジメな学生はこういう問題やってたんだよなぁなんて考えたりするけど、やっぱ一人で黙々と作業してるとどうしても人恋しくなってしまうので、皆それなりに寄り道するんじゃないかな。普通は。普通じゃない奴のことなんて知るもんか。
というわけで、早くまとまった暇を作ってAまほがやりたいです、隊長!
追記。
ICFPC という、72時間ぶっ続けでやるというコンテストもあって、制限が緩い分こっちの方が面白そう。
今年の問題の作り込みが特に凄かったようなので引用してみる。
あとこのOSにはコマンド入力式アドベンチャーゲームが入っています。
これ、最初はだるいんですが、あるアイテムを手に入れるといきなり状況が変わって、プレイヤーがゲームの中から「ゲームそのもの」を書き換えられるようになります。
それを利用して、物が無限に持ち運べるとかテレポートできるとか、やりたい放題。それを利用して攻略しないといけなくなるので、俄然面白くなります。
from think physically about computation. think computationally about physics.
こういうマンガみたいな展開はすげー燃えますね。ちょっとだけ触ってみたけど……すげー…。
蕩れ〜
2006 / 11 / 07 ( Tue )
本屋にて。
レジで自分の一つ前にパリっとしたスーツの中年のおっさんが並んでいた。ふと見ると、手に握っているのはフィギュア付きの雑誌。わー、ダメ人間発見。禿げ上がった頭と相俟ってちょっぴり哀愁を誘う。と思ったらその雑誌はアフタヌーンだった。あれ、アフタヌーンならいいのか?その行為は社会的に認められるのか?何が良くて何が間違ってるのか。あるいは何もおかしなことはないのか。わかんねぇわかんねぇ。そしてレジのお姉さん(見た目20歳前後。わりと可愛い)、髪に一本長い白髪が混じっていますよ。凄く気になる。それはファッションなのか。ポリシーなのか。単に気づいてないだけにしてはすげぇ長い(30cmぐらいあった)んですけど。勿論そんなこと思っても声に出す勇気なんてあるわけもなく普段通り淡々とお釣りのやり取りを済ませて
化物語を買ってきました。
カバーをかけるかどうか聞かれすらしないんだな。
てか、カバーが無いと読む時表紙のフチが手に当たって痛いよこれ。
内容については、ただただ 戦場ヶ原ひたぎ
蕩れー の一言で御座います。
ひっさびさに西尾維新読んだーって気がした。
腐海と緑色のアイツ。
2006 / 11 / 07 ( Tue )
4日ほど前のこと。
アパートに帰ると、ふと鼻につく異臭。
嫌な予感。つづいて衝撃。
階段に大量の吐瀉物が。ぎゃふん。
M*無事部屋に辿り着け。
そんな文句が聞こえたような気がした。
さてどうしよう。うちは三階。階段の横幅は1メートル強しかない。
ベランダを飛び移って三階の自室まで行ったところで鍵がかかってて立ち往生とかいった気の利いた結末は用意しているはずもなく、普通に階段を三段飛ばしで飛び越えました。あまり広範囲にわたって汚染が侵攻していなくて助かった。
翌日、腐海はまだそこに在った。
飛び降りながら、飼い主はちゃんと始末してくれと願う。
その夜の帰宅時。
…まだ片づいていない。
そろそろ乾いて汁気がなくなってきている。
いい加減、誰か既に管理会社に連絡してると皆思ってるんだろうかなぁ。傍観者効果ってやつ?
まぁ、少なくとも週一で掃除してる筈だから、ほっといてもそのうち片づくんだろうけど、やっぱ放置できんでしょこれは。友達とか呼べないし。
それでもやっぱり面倒だからとパスするあたり、自分の小ささに軽く凹む。
翌朝。……まだ片づいていない。
そして近づいてみると吐瀉物の中に一つの影。
緑色の肢体に、鋭い前脚をもつ
―――カマキリだった。
生のカマキリに遭遇したのなんていつ振りだろう。
小学校の時友達の渡辺君が飼っていたような気がしたが、そんなことはどうでもいい。
階段を飛び降りた衝撃で大きな音が鳴っても、彼はピクリとも動かない。
…障気に当てられて帰らぬ人、もとい帰らぬカマキリになってしまったのか。生死が気になったけれど、いつまでもこんなところで油を売っているわけにもいかないので早々に別れを告げる。
そして帰ってきた頃にはすっかり綺麗になっていた。
清掃の人、乙かれさま。
あのカマキリはどうなったんだろう。
今頃元気に空を飛び回っているのだろうか。
タイプ死
2006 / 11 / 03 ( Fri )
ども、お久しぶりです。
最終更新が20日も前とか先月のエントリ数が3とか、あまり気にしない感じで。
他の方々のブログも一応目を通すぐらいはしてます。
じっくり読んだりコメント残す余裕はちょっと無いですが。
何をしていたかというと…特に何をしていたわけでもないんですが、研究室に引き籠もったり、はてなダイアリーの方でちょこちょこ書き始めたりしてました。まぁそのあたりはまた後日。
それはそれとして少し前の話。
とあるアクシデントから、一時的に
Dvorak配列というキー配列を使わざるを得ない状況になってました。
まぁ、慣れれば早いんだろうなとは思いつつ、練習だと思って家でもDvorakにしてたのですが…
うん、
ストレスで死ねるね。なまじQWERTY配列に慣れていると、ものっっそい苦痛。
試しにやってみればわかる。先日晴れてDvorakから開放されたわけですが、もう二度と使いたいとは思わねぇ…。
まぁ、ある程度慣れればそれなりに普通の文章は打てるようになります。しかし思わぬ落とし穴というか、
Ctrl+c Ctrl+vとかのショートカットが無茶苦茶使いづらいんですよね。
普段Emacsというエディタを愛用してるのですが、まさかカーソル移動に苦労する羽目になるとは思わなかった(ノ∀`)
キー配列って、単に文章を打つという以上の意味を持ってるんだなと思いました。
ソフトウェアのUIがQWERTYを前提にしてデザインされてるわけです。
それを捨ててまで乗り換えるだけのメリットがあるとは思えない。
よっぽどのことがない限り流行ることは無いでしょうねぇ。
なんというか、エスペラント語とかと同類の匂い。
既存の文化との互換性の問題ってのはかなり重いのですな。
要は習慣と慣習の問題。あまりに一般化した常識が覆るには環境全体が丸ごと変わるしかない。