増田より、
頭のいい人が成功できるかどうかの境目。
(※ここでの「頭がいい」=「勉強ができる」)実際、先輩や教官にしつこく教えを請いまくることはよく考えてみれば学生の本分なのだ。授業料を払っているのだから、「教えてもらって当然」ぐらいの貪欲さでちょうどいいのだ。何かあれば偉そうに口を利いてみるのがよい。やりたいことを主張されなければ、教官とて指導のしようがあるまい。言うだけ言ってみればいいのだ。失うものは何もない。主張した結果「それは無理だ」と言われても、「いやあ、無理っすか。ははは」と笑っていればそれですむ。そして反省点は心の中だけにとどめ、次のチャンスを狙えば良いだけなのだ。
これは卒論を書いてて思いましたね。
単純に時間と問題規模から、自分一人で全部やり遂げるのは無理だーってのがあって、
先生方・先輩諸氏には随分とお世話になった。
自分一人でやろうとしたら、
書きかけの証明というか、変な仮定のついた命題というか、
とにかく妥協した結果に落ち着いていたんじゃないかと思う。
俺の場合、研究の過程は主に、
1. 問いを発する
2. 関連研究の論文を読み漁り、
自分で考えられるところまで考えてみる
3. 先生や先輩の意見を聞く
4. 聞いた意見をまとめあげる
5. 1に戻る
というループだったんじゃないかな。(実験とか無い畑の人です)
で、書きながら議論の着地点を手探りしていく。
繰り返し数は多いほど良い。
なんだか言ってみれば当たり前のようだけど。
ここで一番大事なのは 3 で、
できるだけ多くの人と議論してみるのがいい。
時間を取らせることがその人に迷惑かもとかあまり考えない方がいい。
(そのぶんなるべく相手にとっても有益な議論になるよう心がける)
もちろん本当に忙しい人には近寄れないが。
問題設定と自分の考えを人に説明することで対象の理解も深まるし、
やっぱり第一線に居る方々は頭の切れ味が違う。
3人ぐらいから個々に有益なアイディアがポロポロ出て、
それを一つにまとめる作業の繰り返しだけでおおよそ書けてしまった気がする。
だから、問題を噛み砕いて新たな問いを発していくことにひたすら頭を使った。
定式化さえしてしまえば、解法のデータベースはわりとどこかにあって、
自分が知らなければ知っている人から教えてもらえばいい。
その分野全体を把握してないうちに全部を自分で考えようとすると、
車輪の再発明を大量に含むことになる。(それも凄く勉強にはなるけど、成果にはならないのでタイムリミットがある時には避けたい)
なにも自分の頭で考えることが無駄だと言っているわけではなくて、
自分一人じゃ絶対出てこない発想や情報というのは間違いなくあるという話。
普段からいろんな情報集めて考察加えてっていうのが重要であることは言うまでもない。
でもこれは学士や修士ぐらいまでの話で、
こんな他人の脳に寄生した方法じゃイカンと思っていたのだけど、
いろいろ読んでみると、案外研究者はずっとこんな感じっぽい気がしてきた。
まぁ、もちろんある程度自分一人でガンガン進めていけるだけの力が必要になるだろうけど、
同じぐらい研究者同士の意見交換というのが重要なんだと。
新しいアイディアを生み出すにしても、
離れた所にあるアイディア同士を有機的に結びつけるにしても、
なるべく情報を共有した方が効率が良いのは当然だ。
近いテーマの研究者同士のネットワークというのは、かなり発達しているらしい。
そういえば、フェルマーの最終定理みたいなのは特殊ケースで、
競争があったから孤独だったって話があったなぁ。
P.S.
ここの米欄がひどいことになってる…。
皆どうしてそう煽りたがるの?